水耕栽培と聞くと、どんなイメージを持ちますか?
「LED照明の下、工場のようなところで栽培されている……」。これまで私は、そんな植物工場のような印象を抱いていました。
しかし今回、にかほ市で水耕栽培を行う竹内久夫さんのハウスを訪ねてみたところ、そのイメージは一変 !
課題だらけと言われる現代の農業に、一筋の光が差したような、そんな気持ちにすらなりました。
水耕栽培の話になると、「ワクワクが止まらない !」と言わんばかりに笑顔になる竹内さん。その目には何が見えているのでしょうか。
鳥海山の麓に位置する、にかほ市象潟町本郷。山からの伏流水がふんだんに湧き出る集落で、竹内さんは水耕栽培をされています。
ハウスの中にお邪魔すると、ひときわ存在感を放つのは、レタス。
新鮮な緑色がなんともエネルギッシュ ! その場で一枚、食べさせてもらいました。
シャキシャキを通り越してパリパリ食感。「パキッ」と音が鳴るほどしっかりしています。噛むたびに濃くなる味。食べ終わった後も、口の中に風味が残るほど。こんなに食べ応えのあるレタスは初めて !
続いてトマト。驚くほど甘い! 口に入れた瞬間に広がる香りが豊か!
スティックブロッコリー。こちらもその場でいただきます! ブロッコリーを生で食べるのは初めてでしたが、えぐみがなく、素材の甘みがしっかり感じられます。
ほかにも、ねぎ、バジル、わさび菜などが育てられており、葉物野菜ならなんでも水耕栽培できるんだとか。どの野菜からも、エネルギーの強さを感じます。
野菜本来の力を引き出す! 水耕栽培の仕組み
―水耕栽培で、こんなに美味しい野菜が作れるなんて驚きました! いったい、どんな仕組みなのでしょうか?
竹内さん
畑で育てるときって、土の中の養分を使い切ったら野菜は成長が止まってしまうんだ。土の中にある養分は限られてるからな。一方、水耕栽培は、土を使わず根っこの部分を水につけて育てる。
竹内さん
必要な養分は、この水に肥料を混ぜて育てる。そうすれば、必要な時に必要なだけの肥料を加えられるから、養分を使い切ることがない。
―水だけでは足りない養分を補うんですね。
竹内さん
うちでは、肥料はあえて少なくしてるんだよ。野菜は水を吸いたいんだから肥料は少しにする。肥料が少ないと、野菜は自分自身が持つ力を使ってゆっくり育つようになるんだけど、それが本来の野菜の生き方。そうやって野菜の持つ力を引き出すと美味しく育ってくれるんだ。
―つるみたいに大きく成長しているこれは…トマトですか?!トマトって木になるんでしたっけ?
竹内さん
これは去年タネを蒔いたもので、2年目になる。
―トマトって一年草(種を蒔いて一年以内に次の種子を残して枯れてしまう植物)だと思っていたんですが、こんな風に育てることもできるんですね。
竹内さん
この下の機械が水を循環させるポンプの役割を果たしていて、うまく育てればどんどん幹が太くなって、10年くらい実がなり続けて、「トマトの木」のようになるんだ。
―へぇ〜〜!!それは効率が良いですね!
竹内さん
野菜って、いじめると甘さが増したり、旨みが増すということがあって。このトマトもどんどん上に伸びていきたいのを、横向きに倒して天井を這わせることで、負荷をかけている状態になっている。
竹内さん
この、ヘタの周りの濃い緑色になっているのをベースグリーンと呼ぶんだけど、これは甘い印。うちはほとんどのトマトにこのベースグリーンがついてるよ。
農業の常識をひっくり返す
―なんだか今まで見てきた農業と全然違います。
竹内さん
水耕栽培は、土で育てるのと違って、ハウスの中で育てるから虫も来ないし、雑草の心配もない。畑だと草むしりも大変だけど、水耕なら必要ない。だから農薬も使わなくていい。
それに、俺は肥料も自然のものだけを使ってるから安心して食べてもらえる。水耕栽培は初期設備が必要だけど、かかる費用はそのくらい。
―いいことづくめですね!
竹内さん
それに、土を使わないから体力仕事が少なくて済む。鍬で土寄せしたりするのって力の要る作業だから、高齢になってくると大変なんだよ。それに、水耕栽培なら棚の高さも一定にできるから腰曲げたりしなくていい。
秋田は特にだけど、農業やってる人はお年寄りが多いから、水耕栽培なら高齢になっても長く続けられると思う。服も汚れないしな(笑)。
―なんだか、これまで考えられていた農業の常識が覆るようですね!
それに、このあたりは鳥海山の伏流水のおかげで綺麗な水がある。そういう場所での野菜作りっていうのがまた良いですね。
竹内さん
うちの野菜は鳥海山の伏流水の湧き水で育てている。ここの豊かな水の恵みを生かしたいという思いもあるんだよな。
「これ美味しくないよ」。レタスの運命を変えた言葉
―竹内さんが水耕栽培を始めたきっかけはなんだったんですか?
竹内さん
始める前は会社員をしてたんだけど、このまま人生を終えるのはおもしろくないなと思って。何か自分で新しいことを始めてみたいって思ってたんだよ。
そしたらカカ(妻)が「野菜作りすればいいんじゃない?」って勧めてきた。「畑をやってるおばあちゃんに教えてもらったりすればいいね」って。
竹内さん
でも俺は土触るのも嫌だし、虫も嫌だった。そしたらカカが水耕栽培を見つけてきたんだよ。
その時は水耕栽培がどんなものかも知らないし、当時はまだ水耕栽培なんてこの辺でやってる人はいなかったから、カカと2人で勉強し始めたんだ。
―新しい世界に飛び込まれた訳ですが、はじめからうまくいったんですか?
竹内さん
初めの頃から野菜は順調に大きく育ってくれた。その様子がうれしくて、収穫しては販売してみたんだけど、全く売れなかった。
俺が販売してるリーフレタスが、スーパーでよく売られている玉レタスと見た目が違うから、見慣れなくて買われないのかなって勝手に思ってたんだけど、他の人が作ったリーフレタスは売れてたんだよな。
竹内さん
じゃあ見た目の問題じゃないし、なんで俺のレタスは売れないのかなって不思議に思ってたら、ある日知り合いから声かけられた。「竹内さんとこのレタスは立派だども、えぐみあってうめぐねぇもんな(えぐみがあっておいしくない)」
それ聞いてびっくりしてさ。ショックで立ち直れなかった。そこで初めての壁にぶつかったんだな。
竹内さん
そこからしばらく試行錯誤。
何がいけないのかわからなかったから、肥料変えてみたりしたんだけど、なかなかうまくいかなくて。
「この列はこの肥料、そっちの列は別の肥料」という風にして使い分けて、栽培方法にも違いを持たせて実験したんだ。それを知り合いに食べ比べてもらって。
そうやって半年かけて、えぐみを無くせる方法を見つけ出したんだよ。それからたくさんの人に気に入ってもらえるようになった。
―はじめに「美味しくないよ」って言ってくれた人のその一言が、変わるきっかけになったんですね!
竹内さん
ほんと、その人のおかげ。今では、「これえぐみねでろ?(これえぐみないでしょ?)」って言うと、「ないない、美味しいよ」って笑ってくれる。その人には本当に感謝してるよ。
―そんな試行錯誤の日々もあって、地元スーパーではいつも完売する人気商品へと成長したんですね!
竹内さん
おかげさまで、「竹内さんとこのレタス以外は食べない」とか「仕事終わりだと売り切れてるから、昼休みに買いに行ってるんだよ」って言ってもらえるようになったんだ。
店で商品を並べてる時に、お客さんから「美味しいレタス、いつもありがとうね」って声をかけてもらったこともあったな。
―恥ずかしがりの秋田の人が声かけてくれるってことは、相当なファンですね!
竹内さん
食べた人が美味しいって言ってくれるのが一番うれしい。そうやって気に入ってくれる人がいることがやりがいだな。
最初は失敗して落ち込むことも多かったけど、カカが「石の上にも三年だー」って励ましてくれて。そのおかげで続けてこれてるな。
―脱サラで農業を始め、新たな道を切り開いた竹内さん。今後の展望はありますか?
竹内さん
これから、地元の野菜でピクルス作りたいと思ってるんだよ。
うちにはトマトとかハーブとか、使える野菜がたくさんあるから、それを綺麗に瓶詰めしてさ。近くでカフェもやって、ピクルスのサンドイッチ出したりして。それをこの鳥海山の見える辺りでできたら最高だで!
―おー!いいですね!
竹内さん
カカも料理好きだし、そういうことやりたいんだと思うんだよ。周りにも料理したりするの好きな母さんたちもいるし。地元の仲間と一緒に、鳥海山の麓のピクルスを有名にしていければいいな!
竹内さんの笑顔。そこには、水耕栽培に寄せる期待が込められていました。
竹内さんの野菜は、にかほ市内のスーパーで購入することができます。完売必至の人気商品。見かけたらぜひ手にとってみてください。
(文・國重咲季)