にかほ市民のみなさんは意外に思うかもしれませんが、県外の人たちが秋田と聞いたとき、海の景色を思い出す人はごくわずか。「あきたこまち」のイメージが強いからか、米どころ秋田というイメージから海を想像する人はとても少ないのが現状です。

象潟海岸

みなさんが、九州7県の位置関係を想像するのが難しいように、東北から離れた土地に住む人は、そもそも秋田県が東北地方のどこに位置するかもわからないもの。そんななかで、私たちは秋田の、にかほの、水産のことがとても気になっていました。というのも、秋田でもっとも有名な魚、ハタハタの漁獲量が年々減っていたり、逆にこれまで水揚げされることのなかった魚が獲れるようになったり、秋田の海が確実に変化していることを感じていたからでした。

最近は、魚を食べる人が少なくなっているという話も聞きますが、水産のこと、海のことを、もっとも身近に知る体験は、やはり魚食です。そこで、今回は、前回の廃棄野菜をつかった細巻きのアイデアに続き、にかほ産の海産物を使ったあたらしいメニュー開発に挑戦してみようということに。

と、そんなところに、ある噂が聞こえてきました。にかほのほかに(旧上郷小学校)のすぐ近くにある、元々食堂が営まれていた場所であたらしく寿司屋をはじめようとされている方がいるとのこと。その人の名前は篠原秀和さん。通称ひでさん。にかほ市象潟町生まれのひでさんは、 都内の老舗寿司店を経たのち24歳、単身イタリアへ料理修業。その後、ミラノで寿司店を開業。アンダー30歳、世界のベスト100人のシェフにも選出されるなど、目覚ましい活躍をされたシェフです。そんなひでさんが、これまでの人生経験を、故郷にかほ市でアウトプットしたいと、現在開業準備中なのだとか。

そんなひでさんなら、あたらしい視点でにかほの海産物を見直すヒントをもらえるんじゃないか? と早速オファーしてみたところ、快く引き受けて下さいました。

ひでさんこと、篠原秀和さん(1974年生)

そして今回、さらに協力を仰いだのは、にかほが誇る、秋田が誇る、若手漁師、えっこ船長こと、佐藤栄治郎さんと、漁tuberカズナリこと、佐々木一成さん。それぞれ底曳き網(そこびきあみ)漁業と、小型定置網漁と、手法は違うものの、それぞれにTikTokとYouTubeというメディアを活かして、秋田の水産の現状を発信している若き漁師です。

詳しくはこの動画を↓

そんな2人に素材提供と、現場におけるヒデさんのアシスタントをお願いし、準備は万端。当日を迎えました。

ひでさん(左)の説明をきく、えっこさん(中央)と一成さん(右)

当日漁師の2人が持ってきてくれたのは、えっこ船長が獲った「甘エビ」と、一成さんが獲ったアブラツノザメ。甘エビはいまが一番美味しい時期(2月)、またアブラツノザメはあまり知られていないものの、その旨みはトロに匹敵するとまで言われています。

美しい甘エビたち
ある程度まで下処理を済ませて持ってきてくれたアブラツノザメ

限られた調理時間のなか、ヒデさんのイメージが明確になったのは、「甘エビ」を使ったお寿司でした。早速、足りない食材をいくつか手配し、調理にかかっていきます。

漁師の二人も一緒になって下ごしらえ、

甘エビの下処理って、大変なんですね。。。

こういった頭に残った味噌や殻もそのまま丸ごと煮出し、ブイヨン(だし)をつくると全部が活かされるとのこと。今回は、そこまでの時間はなかったものの、だまっていれば捨てられてしまうこの大量の殻にも、大きな価値があることを知って嬉しくなりました。

今回、ヒデさんにお願いしていたのは、前回の『五島』さんからの流れを受けて、巻寿司にしてほしいということ。素人考えで想像するだけでも、甘エビを巻いた細巻きとか最高に美味しそうだなあと思っていたのですが、さすがひでさん、甘エビの使い方が想像を遥かに超えていました。

酢飯のご飯にはいま秋田県が推している「サキホコレ」(にかほ産)を使用。水分量は通常か少し減らして炊くことで、寿司酢が染みてなお、ほどよいまとまりをもつおいしい酢飯ができあがります。

早速、巻き簀を使って酢飯と具材を並べていくのですが、まず最初に驚いたのは、海苔が内側になるように逆巻にすること。いわゆる「カリフォルニアロール」の要領です。そもそも海苔に馴染みのない海外の人にとっては、海苔がなんだか黒い紙のようなものに見えて、抵抗があるのだそうです。

そこに先ほど下処理した甘エビが綺麗に並べられます。

もうこの時点でかなり美味しそう。

断面のアボカドも美しいのですが、ひでさんがすごいのはさらにここから。刻んだオリーブと生姜とパクチーをパラパラとふりかけ、ポン酢醤油を。

そして、さいごにはなんと!

熱したオリーブオイル(&胡麻油)をかけて、

甘エビの表面をジュジュジュッと焼いて完成!

にかほ産の米と甘エビがこんなにも美しい姿に生まれ変わることに一同感動。そして肝心のお味は……?

この表情!

もはや、言葉にするまでもなく、抜群のおいしさ!

この甘エビ寿司を食べたいと、たくさんの方がにかほにやってきてくれる。そんな未来が想像できました。

随所にプロの技が込められているゆえ、ひでさんの味をそのまま再現するのは難しいかもしれないですが、ぜひこのにかほならではの贅沢巻寿司をご家庭でも試してみて下さい。にかほ市民のスタンダードな味になったら、素敵ですよね。

ちなみに、ヒデさんが甘エビを調理してくれているあいだ、一成さんがせっせと作ってくれていたのが、アブラツノザメの刺身と、フライ。

一成さん、さすがの包丁さばき
うつくしい〜
併せてフライの準備も着々と
フライを揚げる音がたまらないです

「サメは臭みがあるから苦手」なんて人も多いようですが、サメにも色々と種類があり、このアブラツノザメは決してそんなことはありませんでした。それどころか、こんなに美味しい魚があまり知られてないなんて勿体無い! と思いました。もちろんひでさんにも食べていただきます。

ヒデさんが特に絶賛されたのがサメのフライ! にかほ市は鱈(たら)が有名なので、鱈フライのハンバーガーが食べられるお店があったりするのですが、それに匹敵するどころか、ひょっとすると超えるんじゃないかという味わい。

2人の漁師とひでさんのお陰で、にかほの海産物の可能性をより一層感じることができました。

あまりに美味しいサメを前に、オリーブ塩の提案も。

今回、にかほ市の廃棄食材を活用する術をなんとか見出したいと巻寿司を軸にチャレンジをしてきましたが、あらためてその可能性は無限大だと感じました。実際、アブラツノザメなどはとても安価で取引されてしまっていますが、こんなふうに提供されれば、その価値に気づいてくれる人も増えるはず。

トリュフ乗せ!

鮮度を保つのが難しい海産物や、大量に捨てられてしまう廃棄野菜を使ったメニュー開発に挑んできましたが、こういったチャレンジの延長に、にかほの魅力を代弁してくれるような新たな食文化が生まれのではと思います。今回の一連の記事から、にかほの食文化のこと、そして秋田が抱える食品ロスの問題についても、関心をもってくれる方が増えることを祈っています。