にかほ市の特産品「いちじく」。その多くが甘露煮にして食べられていることをご存知ですか?

家庭で食べられているだけでなく、お土産としても人気のいちじくの甘露煮。
この文化がにかほ市に根づいている、その背景と現在について、いちじくの加工を手掛けている佐藤勘六かんろく商店の佐藤れいさんに伺っていきます。

北限のいちじく

写真:『いちじく新聞』ユカリロ編集部(2016)より
佐藤勘六商店4代目 佐藤玲さん。佐藤勘六商店では、いちじくの加工品の製造と日本酒の販売を行なっている。

佐藤さん
いちじくは、最近は秋田県内のほかの地域でも栽培されるようになりましたが、古くから営利栽培が行われ、まとまった量が穫れているのが、にかほ市大竹地区であり、ここが「北限」といわれています。

写真:『いちじく新聞』ユカリロ編集部(2016)より
写真:『いちじく新聞』ユカリロ編集部(2016)より

佐藤さん
この土地でいちじく栽培が始まったのは、昭和30年代からといわれています。にかほ市は県内でも温暖な地域ですが、そのなかで、大竹集落は寒暖差が大きく、栽培に適しているんですよ。

-にかほのいちじくは、一般的ないちじくとは違った特徴があると聞きました。

佐藤さん
いちじくといったら、関東や関西などでは、実が大きくて甘さがしっかりある、赤っぽい色のものをイメージされるようです。
でも、にかほのいちじくは実が小粒で甘さも控えめ。熟しても黄緑色のなのが特徴です。これは、品種が違うんですね。

にかほで穫れるものの多くが「ホワイトゼノア」という品種で、9月末から10月中旬ぐらいが収穫のピーク。
この品種ならではの控えめな甘さと実の硬さを活かして、昔からこの地域では、各家々でいちじくを甘露煮にして、保存食にしてきたんです。

ホワイトゼノアは、このように、完熟のものでも鮮やかな黄緑色をしている。写真:『いちじく新聞』ユカリロ編集部(2016)より

にかほの甘露煮文化

-保存食は、秋田の暮らしにも根付いていますよね。

佐藤さん
そうですね。自分で採った山菜を缶詰にしたり、がっこ(漬物)やハタハタ寿司なんかもそうですよね。そういうものの一つとして、この土地には、いちじくの甘露煮がある。

こちらがいちじくの甘露煮。各家庭でこのように瓶詰めにして保存されている。

佐藤さん
この甘露煮文化は、にかほ市だけでなく、秋田市や横手市などにも伝わっているようで、「いちじくといえば甘露煮」というイメージを持っている方は秋田県内にも非常に多いですね。
昔はお菓子がなかったから、これが代わりであったとも聞いています。

そして「うちで煮たから食べて」と、仲間やご近所にお裾分けするのが、この地域の秋の風物詩でもあるんです。

-家ごとに味へのこだわりも様々ありそうですね。

佐藤さん
水を入れて煮る家もあれば、いっさい水を使わない家もあるし、「保存の効果を上げるために」と、酢を入れたりする家庭もある。最近では、ワインを入れたり、レモンを入れたりする人もいますしね。

-にかほのお宅にお邪魔すると、お茶請けに出していただくことも多くありますね。

佐藤さん
そのまま食べても美味しいんですが、チーズと一緒にお酒のアテにしたりするのもおすすめです。かき氷のシロップやトッピングにも合うし、春巻きの皮で巻いて揚げるのも最高ですよ。

ヨーグルトにのせるのは大定番。
細かく刻み、クリームチーズやくるみとあえたものは、パンにのせて。
かき氷のトッピングやシロップにも。

佐藤さん
勘六商店では、商品としていちじくの加工をしていますが、これは私の祖父、祖母の代から周辺のいちじく生産者さんたちと積み重ねてきたもの。生産者はいちじくの栽培をする、勘六商店は食品加工をする、というようにしてね。

うちの甘露煮で使う調味料は砂糖と水飴のみ。味つけは、おばあさんのレシピを基本にしていて、何度も繰り返し煮ていくことで、しっかりと甘さを加えていきます。

佐藤勘六商店の「いちじく甘露煮(小箱)」。道の駅やにかほのほかにオンラインストア「やまうみどり」でも購入できる。
佐藤勘六商店の加工所での甘露煮製造の風景。

どうなる?甘露煮文化

-もともとのおばあさんのレシピは、現代の食文化にもマッチするものなのでしょうか?

佐藤さん
かつては保存のために甘みを強くすることが必要だったところから、趣向や食文化が変化して、今は甘みの強すぎるものは好まれなくなってきています。

なので、私が加工に携わるようになってから、現代の味覚に合わせて甘さを抑えたりしていっていますが、食の多様化から、甘露煮を好んで食べる世代は少なくなってきています。

-となると、この土地で行われてきた、家庭で甘露煮を作るという文化も失われてしまうのでは?

佐藤さん
正直、今、ギリギリのところにいると思うんです。親世代から子世代へと、代々作り繫いできたこの文化も、何もしないでいたら忘れ去られてしまう。

でも私は、「甘露煮がある」というのが、にかほのいちじくの文化の土台で、この地域だからこその食文化だと思っています。

「うわっ、甘い!」と感じられる方もいるかもしれませんが、そこには、この土地で保存食として作られてきた歴史が詰まっているんですよ。

いちじくを軸に、動き出す

佐藤さん
それを伝えていくためにも、ここ数年は、地元の仲間たちと一緒に、いちじくを中心としたイベントや取り組みをしていっています。

そのひとつが、2016年から、にかほ市内の廃校を会場にして開催している「いちじくいち」です。

「いちじくいち」当日の様子。例年、2日間で6000人近い来場数となる人気ぶり。勘六商店、地元有志、秋田市の企業が実行委員会となって開催している。
採れたてのいちじくの販売や、全国の人気店による物販、いちじくを使ったメニューなどが提供される。
いちじくの甘露煮づくりのワークショップも開催されている。

佐藤さん
2020年春からは、市の農林部とともに「いちじく小学校」というイベントも開催しています。これは、「これからいちじくの栽培を始めたい」というにかほ市民に向けた栽培に特価した講座です。こちらも、初回から数十名が参加するほどの人気なんですよ。

「いちじく小学校」の様子。

佐藤さん
そして、2020年3月には、農林水産省が行っている、地域の農林水産物や食品のブランドを守る「地理的表示(GI)保護制度」の対象に「大竹いちじく」が加わりました。

-さまざまな形でいちじく文化の底上げに取り組まれているんですね!

佐藤さん
そうですね。でも、私は特に「いちじく屋」として、甘露煮文化を盛り上げていかなければなりません。

佐藤さん
これからは甘露煮をベースにして作る料理のレシピを動画などで発信しったり、甘露煮の作り方を伝えるために、保存瓶とセットで生いちじくを販売して、動画で見ながら作ってもらえるようにするようなチャレンジもしていきたいと思っています!


佐藤勘六商店HP